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中村伊知哉のボストン一夜漬け通信 98.2- 月刊ニューメディア |
第21話 2000年10月号 |
■これで成長といえるのか 白いマウンテンバイク。通りすがりのウィンドウ。色もフォルムもキレイ。ステキだ。試しに乗せてもらう。まだらな木漏れ日。ボストンの石畳。ペダルを踏みしめる。風を切る。道行く彼も彼女もさっそうとしたボクを見ているぞウフフ。明るく楽しいボク。なんて健康的なんだ。 ハッ。何をやってるんだオレは。いつからそんなに健やかなヤツになったんだ。アメリカに落ち延びたら、ドブネズミのうろつく場末の闇にジンのボトルでも抱えてマリファナやるか、それがオレのイメージだったのに。オレはアメリカのおかげで正常化したのだろうか。それともアメリカの健康病に蝕まれているのだろうか。 冬は地中のコウモリガで、それに菌が寄生して、夏にキノコになって出てくる。ガかキノコか、どっちがいい?究極の選択。そのキノコを漢方にして服用する。冬虫夏草という。バイアグラに代わるナチュラルな精力増強剤だという。疲れがちな女性が元気になったという。そいういう宣伝文句に思わずネットで注文したボク。 ハッ。何を健康管理してるんだオレは。来年で40だ。十代の頃は、40歳といえば初老というイメージだった。十代の頃は、40には死ぬだろうと思っていた。二十代は芸能でもやって、三十代は株でもやって、40で終わり、と思っていた。それがいざその歳に近づくと、若僧のままという気がする。十分生きた気もする。初老と若僧のはざまで振り子が揺れている途中なのかもしれない。 同僚の研究員、といっても私より10歳年下だが、おまわりさんにつかまった。といっても本人は覚えていないのだが、飲み過ぎて夜中、ボストンの路上に寝てしまい運ばれてしまったのだ。「いやあ気がついたら病院で点滴されてたんスよ。」思わず「スゲエ」と言ってしまった。 年長者としてはこの場合、身体は大丈夫かと気遣うなり、以後気をつけたまえと人の道を説くなりするのが常道であろう。しかし「スゲエ」と言ってしまったのだ。道に寝てしまうほど飲める体力は若さの特権である。もう私にはムリだ。そう、私は明らかに嫉妬していた。若さに嫉妬していたのだ。 命は短いぜ。恋せよ乙女だぜ。「生きる」のビデオを観た。なんじゃこの腐れヒューマニズムは、と思った。二十年前に初めて観たときは。でもストーリー展開やキャラクターの建て方などさすが黒澤、面白いなあ、と思った。十年前に観たときは。いや、これは大変な映像実験で、過激な創造だと思った。今回は。私は成長しているのだろうか。それとも退化しているのだろうか。 えっちらおっちら買ったばかりのノートPCの調子が悪い。電源の接触不良だ。ふざけるんじゃない。またしてもまたしてもまたしてもこんなもん売りつけやがって。中日ドラゴンズが負けたらテレビをブッ壊したおそ松くんのおとうさんのように、バーンと投げつけてやりたい。 PCがトラブるといつもカッときて、何度かは本当にバーンとやってしまって長々と後悔したものだ。ところが気がつけば今回は淡々と修理に出していた。電話した翌朝、玄関に段ボールが届き、それにPCを入れて渡した翌朝もう治って返ってきた手際に感心する自分があった。段ボール持ってきた兄ちゃんに愛想笑いなんかして。歳とってモノわかりがよくなったのだろうか。トラブルに慣れてしまっただけだろうか。これは成長だろうか退化だろうか。 今晩ヘビー級タイトルマッチ、レノックス・ルイス対マイケル・グラント戦があるというので楽しみにしていた。以前はボクシングを観るのが何より好きで、ずいぶん給料はたいてレアなビデオを買ったりしていた。まだBSがなかったころ、就職で上京する最大の楽しみは、テレビ東京が日曜日に中継していた世界のタイトルマッチが観られることだった。 さて今晩、その時刻にCATVのチャンネルを合わせると、ペイパービューで、それが45ドルだという。45ドル。冗談。テレビで観るだけで。いくら景気いいったって、そりゃないでしょ。と思って観るのをよした。 あれっ。おかしいぞ。以前なら1万円だろうが2万円だろうが明日のメシの計算もせずに観てたはずだ。昼からソワソワしていたクセに、どうしてそうすんなりあきらめられるんだ。45ドルに負けるとは計算高くなったものだ。あるいは生活力がついたということか。成長したか。逆か。結局2R王者KO勝ちの一方的なだらしない試合だったそうだから本件はよしとするか。 飛行場。パスポート検査の列に並んだり、ターミナル乗り継ぎのバスを待ったり、荷物の出し入れに手間くったりするのが無性にイヤだ。回を重ねるごとにイヤさが高じてきた。もうオレはイヤだーっ、と叫びたくなるほどイヤだ。 飛行機の中では、メシも酒もいらないしイスも小さくていいし女も寄ってこなくてよろしい。ビートたけし「みんなーやってるか!」のファーストクラスのサービスみたいなのがあるなら考えるけど。それよりも、「空港に着いたとたん、ささこちらへ飛行機へそのままご案内いたします荷物もお持ちいたしますとも、じゃ頼もうかサービス」があるならおカネ払ってもいい。 ボインは。赤ちゃんのためにあるんやで。知人が関西国際空港でトランクが出てくるのを待っていた。流れるベルトコンベアーの脇で。オレはイヤだーっ、と叫びたくなる場所だ。偶然、月亭可朝師匠も待っていた。荷物が出てこない。すると師匠、ベルトコンベアーに乗って座り、荷物とともに動きはじめた。客(というか荷物待ちの人々)に向けて勝利のVサインを掲げた。 客(というか荷物待ちの人々)が、ええぞ可朝!、と喜んだので、そのままゴムののれんの奥に消えていき、さてどうなるか、見守っていると、またあっちのゴムののれんからVサインで姿を現し、客(というか荷物待ちの人々)の喝采を浴びたそうだ。空港の人たちも止めもせず拍手してたらしい。ああ、オレもそういうバカバカしいことをやりたい。バカバカしいことがどんどん増えていく人生でありたい。 イテテ。どうも背中や肩が痛い。手首もズキズキする。あれこれ医者に行ってレントゲン撮りまくりで看てもらうが、異常なしという。いやいや痛いのが異常なんですけど。西洋医学に見切りをつけ、東京に帰った際、東洋を頼り、ハリに寄ってみた。すると、肩に触れたとたん、「あっ、これは異常です」と言われた。 肩こりのひどいやつなんだそうだ。ここ10年ほどかけて、肩こりがこり固まってきて、限界に達し、神経がギャアギャア騒ぎ始めたんだそうだ。「よくぞまあこの痛みに耐えてこられた。よほど辛い人生を送ってこられたのですな。」とおほめ頂いたのだが、まあ否定はしないけど、耐えてきたというより、感覚が徐々にマヒしてきただけなんじゃないだろうか。退化の典型。いや、進化か? イテテ。おそらく、アメリカに来る前のデスクワークの蓄積が効いてきたんだな。体質改善をしなければ。それはたぶん健康を目指すより、自己破壊するのが正解だ。くだらないことイケナイこと。だからクラブで踊ってみる。夜。夜。大音量と一体化する。しかし、とんがったクラブだと、みんな水だけガバガバ飲んで踊ってる。なんだか健康的だな。 ううむ健全な東京の夜。ゲーセンもマンガ喫茶も、一触即発の恐ろしさに欠けてるぞ。見るからに不良ってのがいないというのか、それともみんなが不良になってしまって善良な市民との見分けがつかなくなっているのか。進化か退化か。 そういや最近、誘っても飲みに行く役人が少ないと思ったら、公務員リンリン法とかいうのができたんだと?バカだねー。アメリカの陰謀だね。官僚機構つぶすには民間の情報を遮断すれば一発だもんね。アメリカもヨーロッパもそこはグジュグジュに癒着してるのに。古今東西を問わず、大事な仕事は夜のパーティーで決めてるんだよ。 グローバル経済に対処できる良質の国家システムを整えるためには、国を代表する人たちの感度をアップさせる仕組みを用意しないといけない。政治とかマスコミとか新規ビジネスとか、国際的に弱いセクターを強める算段をしないで、官僚機構という強いセクターを弱めることだけ実行したら、国ぜんたいが沈む。まったく自虐的な国だぜ。成長しないというのか、もうこれは老衰なのか。 たしかに許認可などの権益がらみ私腹がらみで癒着するヤツは許せない。叩っ斬ったる。それは本気で処罰すりゃいい。でもねー、命張って国際交渉するような役人の兵糧を断ったり気概を萎えさせたりするなよ日本国民。一利あるからといってどうして百害とるかねえ。悪いヤツ探してけなす前に偉いヤツ探してほめたらどうだ。いっぱいいるぜ。 若いドットコム長者をやっかんでけなす記事も目につく。まさか本気で彼らをけなしたり潰したりしようとしているのではあるまいな日本国民。強く伸びようとする若い芽を摘んだらアウトだぜこの国は。そんな余裕ないぜ。たとえそいつらが極悪人だとしてもだ。たいてい新ヒーローは大人から見たら悪者なんだから。 ハッ。何をオレは若者の心配してるんだ。自分の心配しろ自分の。 |