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中村伊知哉のボストン一夜漬け通信  98.2- 月刊ニューメディア
第十話  99年11月号
■タダより高いコンテント

 ゲーセンのおじさんが困ってる。客の入りが悪いって。日本の話。みんな家でゲームやってんのか?どうもそうばかりじゃないらしい。オモテでケータイしてるんだ。電話代かせぐためにコギャルは援助交際する。ガキどもはポケモンカードをゼニに換える。学校で教えない経済の仕組みと世間のつらさを学び、恋人や友達と電波で連帯する。
 カネがネットワークに回っててコンテントに回ってないって話、したでしょ。不健全だって話。現にCDやマンガの売上が頭打ちだって。でもこれって、プロの作品が身近なしろうとの声や文字に負けてるってことだ。つまり、誰もが表現して発信するWeb社会がドドンとやってくる予兆なのかもしれない。連中は何でもお見通しで、あからさまに訓練しているんだ。
 携帯電話やPHSの端末だけじゃなく、パソコンもタダで配られはじめた。タダのOSが人気を博している。ブラウザなどのアプリケーションもタダだ。タダのインターネットサービスもヨーロッパでは結構もりあがっているらしい。イギリスじゃセットトップボックスもタダで配ってるそうだ。ただだただだただだ。
 じゃあサービスとコンテントでかせぐしかない。それをインフラがショバ代ってことで吸い上げていくのはズルイぞ。最初にタダにすべき部分じゃない?いつまでもインフラ作り続けるからいつまでも高い高速道路って話、どっかで聞いたことあるけど、通信もそうなの?
 それともナニかい、パソコンやOSの代金をインフラ屋さんがまとめて取って、仲間うちで分けるってことかい?インフラとポータルサイトとコンピュータ系が徒党を組む話をよく聞くけど、競争が激しくなってるんだか、談合が激しくなってるんだか。
     
 問題はコンテントだ。映画のような大型娯楽はともかく、Webのようなコンテントは多様性が命。ここでコンテントを産業としてみると、根本問題は、値づけがコストベースってことだ。コンテントってやつは、創造力の価値に基づいて価格が決まるわけじゃなくて、あらかじめメディアごとに定められている。
 だって本も音楽CDも、一冊いくら一枚いくらってだいたい決まってるでしょ。北島三郎だから1万円で少年ナイフだから100円、ってわけじゃない。印税、プレス、流通、小売り、って積み上げで値段が決まるから、定額のモノをたくさん売るっていうビジネスモデルになる。市場が大きいアメリカのコンテントが強くなるに決まってる。
 そしてそれがウェブで流通すると、一個ずつカネが取れるかというと、そうもいかない。小銭を集める電子マネーがまだないとかいう以前に、それってハードが見えないせいで積み上げるコストが示せないから、どんどんタダになっちゃう。だから広告に頼ることになる。
    
 新しいコンテントを発達させなければならない。エンタテイメントや報道といった既存のコンテントに加えて、電子商取引や遠隔教育や遠隔医療というサイバーワールドを広げることが必要だ。そこへ流れる資金のルートを広げることが重要だ。
 インターネットで子供の成績が上がったり、わざわざ出かけなくてもお医者さんに診てもらえたりするなら、普段しぶいカアちゃんも気前よくおカネを払ってくれるだろう。教育と医療は引力が強い。でも電子商取引という名の買い物や娯楽となるとシブイぞ。やはり広告に頼ることになる。なのに日米のインターネット広告の市場は20倍の開きだという。インターネットを早く広告媒体として確立させなきゃならない。
 広告媒体とするために、インターネット利用を増やすために、コンテントの領域を拡張するために、行政ができることは何か。インフラの値段を下げる。うむ正しい。が、も一つ大切なことは、行政が自分でインターネットを使うことだ。電子政府と情報公開でコンテントプロバイダーになること。これだ。教育医療の情報化なんかも含めてね。イギリスはインターネットで納税すれば税金まけてやるという。賢いぞイギリス人(前にけなしたからお返しね)。
    
 しかし。コンテント政策を考えるとき、日本はまず国内産業の問題としてとらえる癖が強すぎますな。産業として強化したいだけなら、シノゴノ言わなくていい。アメリカの強いコンテント会社を買いまくればいい。アメリカで作る作品に日の丸たてた人の税金まけてやればいいんだ。でも多分そういうことじゃないでしょ?コンテントというか、表現というか、そういうものと国との関わりって、ゼニもうけよりも、アイデンティティーの領域が先に立つ。
 何度も言うように日本はテレビの国だし、そして携帯文化の国でもある。マゴギャルはマシンガンのようにケータイを叩いて文字メールを送る。コギャルは手書きの地図メールでカレシに約束場所を指示する。高度な風俗。ヘンテコな文化。そんな国ほかにないよ。そんなことできる子供たちってこの国だけだと思う。
 テレビもケータイも、壊れないしフリーズしない。というより、コンピュータって、よくあんなに手間がかかってぐずぐず言う機械が、この厳しい消費者の国で売れてるもんだと不思議に思う。そういう私も毎日てめーコノヤローって怒鳴りながらキーボード叩いてるのはなぜだろう。憎んでるのに仕方なく使ってるんだろうか。気づかないうちに恋してるんだろうか。
    
 日本ならではの情報社会をイメージすることが大切だ。ハード面では、テレビやケータイを軸にしたネットワークを作っていくこと。ほかに特徴といえば、あちこちに24時間コンビニが開いていること。どこに行っても郵便局があること。みんなでうまく使うべきですね。強み、なんだから。
 それから、そこらじゅうに自動販売機があること。だよね。大画面のディスプレイで電気が通いカネの出し入れもできる。ちょいとつなげば、ちょいとつなげば、ECマシンに早変わり。あの手この手で風変わりなインターネット列島ができあがる、ような気がする。
    
 ソフト面では、ゲームの表現を強化すること。でもそれは、国際優位にある商売だからじゃない。電子商取引の表現の土台だからだ。これからのネットワーク社会を支える表現基盤だからだ。
 そこにアメリカは攻勢をかけ、一気に抜き去ろうとしている。今のところ日本が産業として強いと言っても、映像産業ぜんたいから見ればあくまで局地戦である。私の心配は、アメリカ的な表現を目先のビジネスのために全員で追いかけるあまり、ゲームというかろうじて残った局地戦を失うだけでなく、全ての映像の領域を一色に塗り込められてしまうことだ。これは、文化も産業も含めて、文明がアメリカ化する、ということだ。
 インターネットのコンテントの8割は英語だという。これが文字メディアから映像メディアになっていったらどうだろう。そもそも世界人口の2%に過ぎない日本が欲張って高いシェアを望むことは無謀かもしれない。だからと言って、世界がハリウッド的な表現の技法や文法に塗り込められていくこともやるせない。
    
 というようなことをフランスあたりはガタガタ言い続けている。映画の流通に関する国際交渉だけでなく、電子商取引のルール整備をめぐっても、アメリカに対して正面きってタテついている。アメリカに向かって民族だとかアイデンティティーだとか臆面もなく言えるのはフランスと中国ぐらいのものだろう。
 それにしても、映像の表現がインターネット時代の決め手と見込んだうえで、文化流入を規制してみたり、自国の表現を振興してみたり、テレビのアーカイブをデジタル化してみたり、フランスが見せるあの手この手は、うまくいくかどうかは別にして、国家の心意気としてうなづけるものがある。
    
 自国のコンテントをどうにかしたい。という場合、すぐ作家にカネをくれてやることを考えるが、その効果ははっきりしない。60年代、日本マンガ表現が世界に類をみない発達をとげた陰には、餓死者が出たという貸本時代の貧乏マンガ家たちの苦労があった。70年代後半、ポップス表現の蓄積をひっくり返したパンクロックは、階級社会の抑圧と英国病の所産だ。80年代のゲームも死屍累々だった。誰も助けちゃいない。
 90年代のインターネット表現はどうか。新しい表現が旧秩序を塗り替えて爆発するとき、そこそこ食えるようにしてやることが助けになる保証はない。むしろ逆だと考えるのが自然だろう。お上や貴族の庇護は足かせになり得る。ひょっとすると、抑圧したり、弾圧したりする方が、コンテントのパワーは出てくるかもしれない。それで死ぬような表現だったら、多少のゼニやったところで世界に勝負かけるようなものは出てこないだろうし。
    
 でも、コンテントが国家の戦略として大切だということがわかって、しかも、抑圧への反発を一世代かけて待つような猶予もないことがわかって、さあどうする。日本の強みである子供の能力や庶民の映像力を活かすこと。若いクリエイターのステイタスを上げること。彼らの表現のチャンネルを増やすこと。クリエイターは政府に期待したりしないし、役所が何をやってもバカにする。それでも政策の出番はいくらでもある。
 当面いちばん大きな仕事はテレビのデジタル化だろう。デジタル放送は、家庭への太いインターネット用ダウンロード回線が出現するということだ。電子商取引、電子政府、教育を含む新しいコンテントが開拓されていく。そのための広い場所を、早く用意すること。そして、そういうコンテントが各国と張り合って流通できるよう、国際的な政治・文化環境をもみほぐしていくこと。
 コンテントを何とかしようと思ったら、政府には、クリエイターたちから罵倒されようとも、彼らを育てていくために、旧秩序や国際社会に対峙していく理想のスタンスが要る。それは苦しいことだけど。
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