<<return


中村伊知哉のボストン一夜漬け通信  98.2- 月刊ニューメディア
第七話  99年6月号
■インフラ大国アメリカの揺らぎ

 しばらくヤボ用のため日米間をひんぱんに往復してました。しかも日本では東京、金沢、京都などを転々としていましたので、お前いまどこにいるんだとお叱りばかり受けてました。そりゃ、電話しようにも、どの電話番号にすればいいんだか、ボストンなのか東京なのか、自宅なのか学校なのか携帯なのかわからんというのはよくわかる。自分でも自分の電話番号を覚えてないし。アメリカにいる時はあんまり電話に出ないし。英語しゃべるのヤだから。
 ふだん私はサイバースペースにいるんです。カッコイー。いや実は大したことじゃなくて、用事はメールで済ませてるってだけのことです。メールアドレスはどこにいても一つでOKだし、日本とアメリカならもうたいていの場所でパソコンが電話につながりますしね。ただしまだイタリアの安ホテルあたりだと太刀打ちできないようなジャックの形だったりして、そのあまりといえばあまりの形状に、呆然とするより大笑いしてしまうことがありますけど。
 
 でもメールというのは今のところ文字によるコミュニケーションを強化する手段です。映像表現を柱とすべきマルチメディアの敵であります。私はビジュアル教徒なのであります。インターネットには一刻も早く映像表現の手段に進化してもらいたい。
 そのためにはまずインフラが太くならないといけない。動画がジャブジャブに使えるようになっても、人が使いこなせるようになるには1〜2世代はかかるって前に言いました。江戸に三代住んでやっとオレっち江戸ッコだってえのと同じっつうわけだ。せめて私が生きてるうちに、動画でジャブジャブ遊べるようにしてくれー、ってやんでえ。私の孫のために。
 
 するとどうだ、ボストンでは、CATV会社がインターネット1.5メガを月30ドルで提供するという。日本の100分の1の値段だね。よっしゃ即決。ところがここからが長かった。手続は面倒だし工事は遅いしラチがあかない。電話会社に聞くと、ウチならADSL1.5メガを月60ドル、プロバイダ料金込み計105ドルでっせと言う。うむ、来ない30ドルより来る100ドルだ。だが手続しようと思ったら、お宅のエリアは半年先からですね、だと。
 くそう、もう頼まん。銅線はダメだ銅線は。衛星だよおっかさん。ということで家電ショップに行った。だが我が家に衛星のお皿をつけるのが物理的に無理だということが判明。電波は降って来てるはずなんだが我が家にも。くそう。残るは地上波かあ。
 ショップには日本のM社とS社からデジタルテレビが売り出されていて、大画面で高画質って書いてある、そんなこと見りゃわかる。でもデジタルってデカくてキレイってことなのか?地上波でHDTVが始まったそうだが、まだ細々としたものだ。するとHDTVでDVDを見ろってことか?ハイビジョンでLD、みたいなことをアメリカは目指してたのか?それとも日本のメーカに丸め込まれてるだけか?
 デジタルってのは、ウェブと連動したインタラクティブな動画ジャブジャブだと思ってたのに。地上波もまだまだだな。だいいち5300ドルとか7500ドルとかの値札は、まだこのテレビは君には関係ないよ、ってことを表明しているわけだが。
 大人なので冷静になって考えてみました。インフラってのはやっぱこういうことかな。そうおいそれとジャブジャブできちゃあご先祖様のバチが当たるのかな。十年後や五十年後のことを考えて、えっちらおっちら組み立てていくのがインフラってものですよね。
 それが今のネットワークときたら、一年後の規格がわからなかったり、半年先の事業者がわからなかったりして、そのペースでこっちもあくせく焦ったりしている。これはヘンですね。ヘンなことになったのはインターネットのせいで、インターネット自体しばらく落ちつかないので、次のインフラ像も描きにくいんですが、それでも長期の展望が要りますよね。
 ネットワーク事業はすさまじいことになってます。有線と無線が入り交じって、電話からテレビまで、バックボーンからアクセス回線まで、多層構造で競争が進んでいます。ベル系の地域電話会社、長距離系、クエストらの卸業、タイムワーナーやTCIなどのCATV、数々のインターネット・サービスプロバイダ、衛星会社、それらがみなデジタル=インターネットをめぐってしのぎを削っているのです。
 競争のあまり、彼らはくっつきはじめました。ベル系7社は4社に集約されようとしてますし、長距離系のMCIとワールドコムが合体したあと、AT&TはCATV1位と2位のTCIやタイムワーナーとくっつこうとしています。CATV3位と4位は合併します。インターネット・サービスプロバイダは、回線を持つキャリアと組むか、コンテント業に傾くかを迫られています。しばらくの間、こうした水平統合は続くでしょう。体力勝負になっているわけです。
 93年から始まった情報ハイウェイ構想は、95年にはインターネットという言葉に置き換えられるようになりました。昨年からはNGI(次世代インターネット)という政府系の構想が動いています。ただしこれはバックボーンをどう構築するかに主眼が置かれたものです。インターネット2という研究機関向けネットワーク計画も、基幹網をどうするかという問題です。
 しかし利用者にとってより重要なのは、家庭や会社に入ってくるアクセス系をどうするかです。ラスト1マイルと呼ばれる加入者側の回線です。特に日本のことを考えると、新幹線が町に来てるんだけど、家から駅までバスが通っていないから歩いかなきゃいけない、タクシーがあってもやたら高い、という点が問題なんですね。
 99年アメリカのインフラ界最大の話題は、CATVとADSLが本格的な競争を始めたことでしょう。映像インフラを利用者が選択できる時代に突入したのです。昨年末でCATVインターネットが50万加入、ADSLが5万加入といいますから、勝負はいよいよこれからです。
 90年代の初め、CATVはビデオ・オン・デマンドで注目を集めたあと、マルチメディアの主役の座をインターネットに譲りました。それが今度は高速インターネットのインフラとして浮上したということですね。しかも安い定額料金を武器に、主役の座につこうとしているのです。
 片やADSL、ないしはxDSLは、地域電話会社のアクセス回線の切り札になりました。ISDNを捨ててでも高速インターネットを提供しないと、客をごっそりCATVに取られてしまいます。FCCは地域電話会社にアクセス回線を他の事業者に開放するよう圧力をかけていますが、これもADSLをまず普及させようという戦略からでしょう。むろん電話会社は反発してますけど。
 CATVにしろ、ADSLにしろ、アメリカは今の銅線ネットワークを最大限に高速インターネット化しようとしているわけです。気になるのは、これはファイバー・ツー・ザ・ホームを棚上げする動きとも読めることです。
 少なくとも、インフラ事業者からは、光ファイバーを家庭まで引くための投資を株主に容認してもらおうという気概は見られない。西海岸のパロアルトという町で、市役所などが中心になって、150メガを月100ドルで提供するという計画が報道されていましたが、これなどは例外的と言えるでしょう。
 ひとまず動画のトラフィックを増やすことによって、次のステップとしての光ファイバー需要が出てくるとも考えられます。しかし、彼らがそこまで読んでCATVやADSLに力を注いでいるとは思えないんです。遠い先のことを考えて投資するより、目先のインターネット客をどう取り込むかに精一杯というのが正直なところじゃないでしょうかね。
 料金にしても、月々いくらで使い放題という定額制の電話料金が定着しました。これは料金を計算する電話会社のコストを大幅に下げるうえ、一定の安定収入を電話会社にもたらしたわけです。でも今度は、インターネットのつなぎっぱなし利用が増え、電話網がパンクするという声が高まりました。それは最近の技術で回避できるようになってきているようです。
 すると今度は、電話会社にとっては、安定収入は収入の固定を意味し、次世代に向けた投資余力を稼ぐだけの展望が得られなくなって、やっぱ定額制はやめにしようぜ、という声がくすぶっているようです。産業の理屈や商売の論理で行けば、そういう揺らぎは今後も避けられないでしょうね。
 日本にしろ、ヨーロッパにしろ、情報通信インフラは公社の形態で整備してきました。いわば国家事業だったのです。しかしアメリカはそもそも民間がもつれあいながら作ってきました。そのインフラ史観が今の熾烈な民間競争として現れているんでしょう。
 無論それは安い料金を実現し、インターネットを普及させ、ひいてはアメリカが世界でダントツのネットワーク競争力を持つ状況を実現させたわけです。その現実はきちんと認識せざるを得ない。学び、追いかける面は多い。でも私はまだ心のどこかで、そんなアメリカのやり方が長続きするかどうか疑問に思うところがあります。インフラってそれで大丈夫なのか。揺らいでばかりいていいのか。できるだけ冷静に、日本が進むべき道を考えたいと思います。
TOP▲


<<HOME