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わからん、それが問題だ 96.11-98.10 マックパワー(連載終了) |
第二十一話 そうだオレはまだ本気じゃないんだ。まだ助走の途中なんだ。 98年7月号 |
叱られた。叱られた。言い返せなかった。これで何回目だろう。役たたず。役たたず。静かなオフィスに怒声が響く。みんなボクを見ていた。立たされているボクを見ていた。あのヒトも見ていた。恥ずかしい。恥ずかしい。寒い。暑い。どっちだろう。指先が震える。涙がでてきた。涙は心の汗だ。まつげにためよう。がんばれ。がんばれ。怖くない。怖くないぞ。 机に戻ってパソコンを開く。ボクが会社で話す相手はこいつだけ。いい友達だ。ちょっと冷たいやつだけど、言うこと聞くし、ムダなことは言わないし。キーボードさえ叩いていれば、仕事してるって見られるし。 飲み過ぎた。気持ち悪い。ビール2杯も飲んだ。こんなもの、どこがおいしいんだ。安い座敷で、焼き鳥はパサパサだ。また係長の説教が始まった。昼間の続きだ。いつものことだ。またあのヒトの目の前で。課の飲み会につきあっているあのヒトの目の前で。オレが若い頃は。オレが若い頃は。長い説教。CDROMのロードより長い。ホームページを読み込むより長い。それはもう永遠。そんな永遠、早く終われ。早く終われ。 あっ涙。また涙。まつげにためよう。ボクは泣き虫。ボクは泣き虫。ちがう。ちがう。係長のタバコの煙で目が痛いふり。そうだタバコだ。タバコのせいだ。ボクのせいじゃない。さみしい。さみしい。ここにパソコンがあればなあ。そうだパソコンだ。パソコンがないからいけないんだ。パソコンのせいだ。ボクのせいじゃない。 おかあさん。おかあさん。神経痛はどうですか。おかあさん。今年のあじさいはどうですか。おとうさんはボクの話をしますか。おかあさん。ボクは元気です。職場はいい人ばかりです。毎日はりきってます。野菜もちゃんと食べてます。トマトも残しません。おかあさん。夏休みには帰ります。 ボクは社会人。社会人はあいさつ。さよなら。なんだ帰るのか。つきあい悪いぞ。つきあい悪い。つきあい悪い。また明日、言われるのかな、くどくどと。怖くない。怖くない。でもあのヒトはどう思っているだろう。年金を担当しているあのヒト。年上のヒト。ボクよりずっと大きくて、腕の太いあのヒト。丸顔で、ふくよかで、ぱんぱんに張った胸が固そうなあのヒト。話したことはないけれど、ボクのこと、きっとわかってくれている。タバコのせいだってこと、パソコンのせいだってこと、きっとわかってくれている。 帰りの電車、窓の外、街は不思議なダンジョンだ。団地の明かりがとてもきれいねブルーライト。民衆は幸福だ。ボクも幸せ。きっと幸せ。がんばれ。がんばれ。ゴエモンのテーマを頭の中でリフレイン。酔った。楽しいことを考えよう。このままどこかに行ってしまうこと。知らない町のこと。道草のこと。VAIOノート505ぐらいの薄さのG3がほしいこと。明日の朝のヨーグルトのこと。おはスタのこと。トゥルーなラブストーリーのこと。ギャルゲーの女の子はボクを本気で愛してくれない。だから、あのヒトのこと。恋人はいるのかな。いないよね。いたとしても、いないことにしよう。いないいない病。楽しい。楽しい。 独身寮のボクの部屋。一人になれるボクの部屋。去年、はじめてのボーナスで買ったデスクトップ。もう一人の親友だ。広告メールがたくさん来ている。返事も出さないから、個人からはメールは来ない。あっ、一通きている。アイツだ。やな予感。「あたしのことどう思ってるの返事ください。」あたしのこと。あたしのこと。面倒な現実だ。あたしっていうなよ男だろ。勘違いするなよ。興味ないよ男に。そのころボクは、ちょっと現実の友達がほしかっただけなのさ。コミケで声かけてきたからさ、いいよって答えただけなのさ。 水族館にも行った。ワンダーエッグにも行った。アキバにも行った。マツモトキヨシにも行った。ぜんぶ行った。いつも話なんかしないし、もう行く所もないじゃないか。それに双子だなんて知らなかったよ。そっちこそ、双子の弟なんか連れてきて、おそろいの服きてさ、「どっちがあたしでしょう」、そんなことわかんないよ、何だよそれ、それで弟に色目つかったとかなんとか、スネちゃって、わけわかんないよ、そんなの、ずるいよ、暗いよ、暗い。 追いかけるなよ。困るんだよ。なれなれしいんだよ。あたしのこと。あたしのこと。オレに恋してるっていうんだろ。恋なんて何になるの。恋っていうのは、パラッパ君がサニーちゃんにするものだ。オレとあのヒトがするものだ。オマエなんか、オマエなんか、タマネギ先生だ。恋っていうのは、クラッシュバンディクーが妹のココを大切にする気持ちと同じだ。オマエなんか、オマエなんか、悪の科学者ネオ・コルテックスだ。 愛してる?そんなことはわかっている。だがな、この世には、二種類の人間しかいないんだよ。仕事が好きな人間と、キライな人間だ。納豆が好きな人間と、キライな人間だ。ウィンドウズが好きな人間と、キライな人間だ。中間ってのはないんだよ。「オレはオマエが嫌いな人間なんだよ。」やった、決まった、ざまあみろ。強い気持ちになって、いつか、言ってやる。口で言えなくても、目で言ってやる。会うたびに、ずっとそう思ってやる。伝わるまで、思ってやる。 オレをなめるな。なめるなオレを。ふふふ。恐ろしさを見せてやる。秘密兵器だ。かかと落としだ。ケツの穴ブリキだ。役たたず。オレが若い頃は。オレが本気を出せばこんなものじゃないぜ。そうだオレはまだ本気じゃないんだ。まだ助走の最中なんだ。きっとそうだ。オレを叱るのはオレが本気を出してからにすべきだ。な、そうだろ。な、そうだろ。 このままもう寝よう。楽しいことを考えよう。また明日。明日という字は明るい日と書く。青春ど真ん中だぜ。上を向いて歩こう。ボクは自立してるんだから。若いという字は苦しい字に似てる。なのにもう一年たった。一年たったらたまるさ。何がたまるかわかんないけど、たまるんだ。そして、新しいのと入れ替えるのさ。新しいOS、新しい本、新しいゲーム、新しい牛乳、新しい自転車、新しい風、新しい友達、新しい恋人。眠くなってきた。 いけない、ペットのことを忘れていた。会社のLANからボクのウサギが仕事のメールを持っておつかいに出たきり帰ってこないんだった。どこかで軟禁されているかもしれない。心配だ。どこかでうんちしたかもしれない。うんちの苦情が会社に来ないだろうか。心配だ。ボクはペットを大事にする。それがボクのやさしさだ。それがボクの愛情だ。ボクは相手の気持ちに立って考える。ウルティマオンラインで錬金術師になりすます。ジャングルパークでサルになる。ボク自身、ボクの身代わり、ボクの手下、ボクの彼女、ボクの上司、ボクの敵、ボクは相手の気持ちに立って考える。 ボクはやさしい。ボクはやさしい。人一倍ナイーブだ。だから押しが強くない。係長みたいに強くない。だから契約が取れない。それはボクの長所だ。誰かわかってくれる。誰かわかってくれる。きっとみんなわかってくれる。いい人ばかりだ。エネミーゼロだ。ゼロ。ゼロ。IQ=ゼロとゲームに言われた時はムカついたがまあいい。あのヒトはきっとわかってくれる。わかってくれている。ボクのあこがれ。ボクのあこがれ。 明日、話してみようかな。大丈夫だ。ボクはカッコいい。だけど何を話そう。しゃべるのはどうも好きになれない。言葉なんか、ありがとう、と、がんばれ、だけでいいのに。役立たず。オレが若い頃は。そんな言葉、なければいいのに。マルクス兄弟の、しゃべらない人が、ハープをとてもきれいに弾いた。あんな風にしゃべりたい。 そうだボクはメールを出そう。あのヒトにステキな文字を送ろう。そうだボクは告白しよう。告白。告白。経験がないから難しいぞ。よし、起きあがって即実行だ。会社のアドレスじゃなくて、プライベートのアドレスで送るから、きっと誠意も伝わるはずだ。 「しあわせですか。私はしあわせです。しあわせなら態度で示そうよ。」導入はこんなもんか。いや、時候のあいさつだ。社会人はあいさつ。「前略、庭先のあじさいもすっかり色気づいて参りましたが、お変わりございませんか。」うーん。庭なんかないか。だいいち毎日会ってるのにおかしいか。「こんにちは。」ひねりがほしいな。「オス。」「おいでやす。」「きよしこの夜。」「ごっつぁんです。」「まいどおいど。」ああこれでいいや。 それから。いきなり告白はヘンだ。仕事の話題がいいかな。「みぞうの不況下において今期決算が前年比マイナス1%に抑えられたのはひとえに営業部門の」くだらないな。係長の悪口でも書くか。「係長のばか。」ダメだ加減が利かないや。世間話から入るべきかな。「人間、健康第一ですね。」「人生ラクありゃ苦もあります。」そぐわないなあ。昨今の話題は何だ。タイタニックか。「タイタニック号は沈みますが、風船はふくらみますね。」グッとこないな。「ピカチュウ。」かわいいな。これか。知性も必要だ。「南南問題の解決に向けて人類は」人類はどうだというんだ。わかんないや。食べ物の話が無難か。「ポケパチは口がパチパチします。」よし。 いよいよ本題だ。愛の告白だな。「好き。」ストレートすぎる。「お慕い申しております。」固い。「愛の粘液であなたを。」何言ってんだ。「よきすがたなあ。れそいかとんほ。」わかんないか。古いし。告白する勇気を前面に出すか。「スラップスケートをはくのって勇気がいりますね。私の気持ちはロケットスタート。」うーん。いまいち。そうだボクの誠意を伝えよう。「宇宙人は本気で待つ人の所にしか来ない。わたし待つわ。」ダメだ消極的だ。男らしい所を見せなきゃ。「鍛え上げられたこの筋肉を見よ。」バーン。あっ、このバーンって擬音は効果的だな。バシッとか。 俳句で行くか。季語が要るな。季語は、そうだな、流れ星。「流れ星、流れ流れて、東京は。」ダメだ暗い。「流れ星、ひとよひとよに、こだくさん。」ダメだデタラメだ。「流れ星、持ち物検査、ビスケット。」ああダメだ才能がないや。 スパっと告白するしかないな。まとめればどうなる。「愛と誠。」おお、そうだ。愛と誠だ。 それから、具体的なアクションだ。誘わなきゃ。「お茶でもどうです。」平凡だ。「花を見に行きませんか。ブローニュの森へ。くりだそうぜ。」リアリティーがない。「ホテル。」リアルすぎるな。段階ってものもある。どこ行こう。「パチンコ。」「明治神宮。」「ダイエー。」あのヒトの趣味がわからないしなあ。行くってことさえわかればいいか。男らしく。「オレについてこい。」「じゃあ、行くか。」強引かな。「どうだい、ひとつ。」こんなところかな。 あとはキメぜりふだ。ガツンと一発。男らしいって誰だろう。高知東急。せがた三四郎。小林旭。そうだ小林旭だ、「赤いトラクター。」ようし決まった。これでいい。完璧だぜ。もう一回、ダイヤルアップして、と。一気に、送信。行った。明日が楽しみだ。返事が楽しみだな。さあ、寝よう。 まいどおいど。ピカチュウ。ポケパチは口がパチパチします。バーン。バシッ。愛と誠。どうだい、ひとつ。赤いトラクター。 |