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わからん、それが問題だ  96.11-98.10 マックパワー(連載終了)
第十八話  一度、自分でシステムを壊さないといけない   98年4月号
○電車を待つ。みぞれまじりの雨に秩父の山々がけぶる。そのパノラマに向かって進む単線の電車をじっと待つ。ホームの裏には、何もない。民家のカベに、小さい自販機がぽつんと雨ざらしになっているだけ。錆びた自販機。こどもの王国と書いてある。家族計画かと思ったが、違うようだ。200円入れると昔の十円札や百円札が出てくるらしい。本当に出てくるんだかどうだか。
 そんな光景は、私にとってはしっとりした旅情なのだが、写真で切り取ればVOW的なヘンなものでしかない。そして、地元の人にとっては、このどうしようもない日常から抜け出すことを阻む一本のクイなのだ。
 ごとり、ごとり、と電車が近づく。私には私の重い日常がある。自分のクイをはずすためにやってきた私は、自販機にチャオと告げて電車に乗り、たどりついた奥秩父のさびれた宿で、イノシシ鍋と鹿の刺身をつつき、ここに蝶が来れば完璧や、とつぶやく。
○電車を運転する。セガのアミューズメントテーマパーク、JOYPOLISでバーチャルな遊びをしただけなのだが、電車の運転がこうも難しいとは意外だ。レールの上を信号や指示どおりに動かすというのは、船や飛行機のように自分の意志で自由に走り回ることよりも、サラリーマン的でつらい。
 帰宅して、世界最大級のネットワークに加入しようと思い、CD-ROMからインストールを試みた。こういうのはいつも一発ではいかないものだが、案の定、うまくいかない。メールアドレスがもう一つ欲しいだけなので、他の会社でもいいのだが、私を疎外しようとするネットワークの姿勢にムッとして、続けることにした。
 オペレータの電話サポートに指示を受ける。再インストール。だめ。電話。不要なアプリケーションの廃棄。だめ。電話。モデム等の設定の変更。だめ。電話。OSの入れ替え。だめ。電話。そうこうするうち、コンピューターが壊れて、これまで記憶させてきた全ての資産を失ってしまった。言葉もない。指示どおりにやったのに。私は理解した。これは戦いだ。自由はレールの上では獲得できない。いつかきっと、自分のこの手で、加入してやる。
○バスとJRを乗り継いで、六本木から恵比寿に向かう。家人のいない休日、制限時間一日。ビデオの日にしようと決めたのに、青山ブックセンターに立ち寄ったのは失敗だった。矢のように時間を消費させる魔の館だ。
 恵比寿のショップではまだポケモンが解禁されていない。負けるなポケモンとばかり、邦画を7本借りる。7×2時間で14時間か。オレも負けずにがんばって見るぞ。
○女房にクルマで歯医者に送ってもらった。右のおやしらずが、痛みだした。これまで存在を無視されていた歯が、じんじんとメッセージを発している。積もった疲れが、具体的な現象となって表面化したのだ。すぐにケリをつけることにした。肉体の一かけらが、身体ぜんたいの責任を取る形で、不良品の烙印を押されておっぽり出された。ただその一かけらは、職人のような歯科医が、今年いちばんの出物です、とホメてくれたほど立派なものであった。おやしらずは去った。存在を示したとたん、犯人扱いされ、犠牲となった。ホメられ、静かに天寿を全うした。
 そうはいかないんだよね。まだ痛いんだよね。イテテ。おやしらずの抜けたあと、ぽっかり空いた穴につながる神経が、こめかみ、あご、首、肩、背中を、くわんくわんとうずかせているんだよ。抜いてからもう2週間だぜ。おやしらずの野郎、恨んでやがる。おやしらずシンジケートってえの? ネットワーク張ってたんだな、地下に。役立たずだった小さいチップがさ、捨てられたあと、オレを支配してるんだよ。教訓。チップ取り替える時は注意しましょう。
 
○タクシーを無線で呼んで、音楽プロダクション業界の集まりに向かう。クルマは電波で指示を受け、GPSで道が決められ、運行はコンピューターで制御され、その中にいる人は自動車電話で外部とつながる。巨大なネットワークの中を走るメディア空間なのだ。
 自動車電話や携帯電話が爆発的に普及し、その電磁波のせいで、伝書バトが巣に戻る比率が低下しているという。ハトさんは電波がお嫌いなようだ。こうして近代メディアの発達は、古来のメディアを脅かす。98年はイリジウムが始まる。衛星携帯電話元年となる。世界中のハトさんが混乱するかもしれない。
 98年、いろんなことがグリっと動く。衛星デジタル放送が本格化し、地上波デジタル放送も見えてきて、テレビとインターネットの連動も強まる。デジタル・コンテントのネットワーク配信やネットワーク・ゲームも立ち上がってくる。噂のDVD-RAMもやってくる。世界的な変動を受けて、通信産業の再編成が進んでいるが、こちらは体力にまかせた値下げ競争の道を行くしかない。行方が見えないのはコンテントであり、問題は表現の開拓だ。98年、日本の表現をブレイクさせたい。
○歩く。しゃーしゃーと降る大雪に立ち向かい、コロコロころびながら、ザクザク少しずつ前進する。ようやくコンビニにたどりつき、コロコロコミックをゲット。
○走る。たすきを伝える、それだけのために走る。駅伝は、飛脚のスポーツだ。つなぐことだけを目的に、つなぐ。飛脚は、郵便よりも、ルータに近い。ぶっ倒れるまで駅伝で走り抜く若いヤツらを見ていると、バカだなあと思う。論理的じゃないもん。そういうバカなヤツ、無鉄砲にダッシュしていく若者が、インターネット時代を作っていく、と理由もなく思う。
 ヒッチハイクで南北アメリカを横断したドロンズもルータ的でエラい。ちょっと泣きすぎだが。休んで子どもを産むと決めたアムロも腹のすわったヤツだ。ヨックタイ・シスオーとの再戦でWBAジュニアバンタム王座を奪った飯田もイカれたヤツだ。大企業や官庁には如才ないお利口が多いけど、やってくれるヤツは世間に結構いる。
○若い男が自転車に二人乗りしている。北野武「キッズ・リターン」。「バカ野郎、まだはじまっちゃいねえよ」と、ラストを締める。元気が出るなあ。
 近所にベンツの自転車が25万円で売っている。ハーレーの三輪車もあると女房がいう。日本人が買いそうなモノだなあ。オレはロールスロイスがチョロQ出したら買おうっと。
○モンキーズがバイクに乗っている。往年のアメリカン・アイドル番組「ザ・モンキーズ」。ふとチャンネルを合わせたローカル局。ホンダのミニバイク「モンキー」で4人組がパリの蚤の市やレ・アル近辺を駆け回る。ルイ・マル「地下鉄のザジ」からしばらく経った60年代の貴重なパリ風俗映像。
 バックに流れる「スター・コレクター」は初期のシンセサイザーを駆使した名曲。以前、坂本龍一さんにリミックスしてもらった「インセクト・コレクター」という曲は、これへのオマージュであったことを思い出した。
 「ザ・モンキーズ」をはじめて見たのは小学2年生だったと思う、CMは明治チョコバーで、ウルトラQのナレーションをやっていた石坂浩二が「痛快まるかじり」と言っていたと思う、あれおいしかった、そのころ住んでいた家のフスマのにおい、一緒にいたネコの肌ざわり、いつもはいてた短い靴下の赤、そういう記憶の断片が、もんやりした一まとまりになって、鼻のまわりあたりによみがえる。
○軍艦、軍艦、チーンボツ。グーはグンカン、チョキはチンボツ、ではパーは? 西の私は「ハレツ」、東の女房は「ハワイ」。東西文化、激突。
○波に乗りたい。リアルな波にただよいたい。北野武「あの夏、いちばん静かな海」の茂みたいに純粋に。ネットサーフィンはもう恥ずかしいから。
○亀に乗りたい。熱帯魚ショップで息子が言った。浦島太郎だな。カメ助けて、お礼受けたらじいさんになっちゃった、っていう不思議な話だ。どうすりゃよかったんだ。「カメ放っておけばよかったんだ。」そんなあ。「お礼ことわりゃよかったんだ。」そうかなあ。礼を失するのはよくない。コンピューターも正月になると明けましておめでとうございますって言ってくれるけど、ああおめでとう、って素直に受けるのが人の道ってもんだろ。「やっぱ玉手箱あけたオマエが悪い。」じゃあ何であんなもんくれたんだよ。「やっぱ乙姫は龍の娘、みかけにだまされるなということだ。」そんなことを教える話だったのか?
○風船おじさんは、今どこにいるんだろう。
○エレベーターで高島屋の8階に昇る。コートールド・コレクション展。ルノワール、マネ、モネ、セザンヌ、ゴッホ、ロートレック、シスレー、ユトリロ、ゴーギャン、アンリ・ルソー。絵でも人でもそうだけど、たまに本物に対面しておかないと、腐ってしまう。
○自動車、汽船、飛行機、UFO、あらゆる乗り物で陸海空をゆく。多摩テックを遊びきる。ゴーカート場から打ち上げられた花火のような大観覧車に乗り、富士山や新宿を遠く臨む。むかし、こんな光景を見た。そうだ、ウルトラQ「2020年の挑戦」だ。肉体が退化し、にっちもさっちもいかなくなって2020年から来たケムール人は、ゴーカートに乗る女性の肉体を奪い、巨大化し、観覧車を壊し、東京タワーからのXチャンネル光波に倒れたのだった。
 日本経済の構造変化を2020年の視点からとらえることが今キーワードになっている。高齢化、国際化、情報化の進展は、未来から現在を振り返ることで、いよいよ恐怖の実像を現す。いや、もはや現実の方が強いメッセージを発している。
 96年10月、タイの通貨危機が香港株急落に波及したことを引き金に、ニューヨークと東京の株式市場が急落。世界経済は予想以上に相互依存している。日本はビッグバンを目前に金融・証券危機が表面化した。いま、金庫が売れているという。カネはたんまりあるのだが、パイプがつまって流れない。世界は、ボーダレスなネットワーク化で、ますます一体化する。コンピューターの2000年問題でおたついている場合ではない。
 いちど、自分でシステムを壊さないといけない。ケムール人は、倒されたのではない。自滅したのだ。
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