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わからん、それが問題だ  96.11-98.10 マックパワー(連載終了)
第十話
タイガーは、エロティシズムだ。人類最初の美しいゴルファーなんだ。  97年8月号
○カンバンだらけだ。町がね。メディアでいっぱい。新橋の駅前あたりで見かけるカンバン、悩殺コスプレ。とか、ランジェリー3回転!!とか、そういう風景、強いよね。ニオイが。ニッポンを発散してる。「カンバンです」ってのは閉店ですというメッセージだ。ちょっと不吉。パリじゃカンバンってあまり見かけないでしょ。ブローニュやサンドニに夜ごと出没する妖艶な肉カンバンはあるけどね。
 東京じゃアドバルーンを見かけない。幼いころボクは、アドバルーンがあるのがデパートで、ないのがスーパーっていうんだと思ってた。アドバルーンって、パリにもあるの?タテ書きのメディアだから、ヨコ文字には向かないね。顔をヨコにして読まなきゃいけないから。デパートに向かう人はみんなクビが曲がってしまってヘンだ。
 むかし住んでた京都の町では、DX東寺やA級伏見のPR車が踊り子さんの名前を告げて回っていた。ロバのパンもチンコロリンとやってきた。わらびもち、さおだけ、風鈴。いろんなメッセージがあったなあ。幼いころ、ゴミ回収車ってアマリリスの曲ならしてきてた。なんであのころゴミ集めるのに音楽ならしてたんだろう。
 右翼のガイセン車は今も元気だけど。そんなのあります?ないの?血の気の多い若い衆はどうやって発散してるんだろ。ストとかテロとか戦争とかか。
 回覧板も健在。いいでしょ。ある町が情報化計画を作るからアドバイスくれっていうので、おたくには回覧板が最も有効だって提案したら、町長さんや議会の人たちがスゲーいやな顔してた。忘れたコミュニティをよびさますには、肉声や肉筆なんだけどね。
 カゼでマスクしてる人って、予防のためじゃないよね。オレかぜひいてるっていうメッセージなんだよね。ネクタイしてるってのも、私は社会に順応してますっていうメッセージであって、あやしい者じゃありません、っていう言葉をシルクに転換してるだけなんだよな。

●近くにいいレストランがあって。ミシュランには載せてないけどゴ・ミョーの評価は高い、っていう魚料理の専門店。つい先日ね、小柄なおばあさんがひとりで食事してた。ちょっと離れた窓際の席で。一目でカシミアとわかるセーターに大粒のパールのネックレス。亭主に先立たれて、年金と株の配当でゆっくり暮らしてる、って感じ。居間にはさ、小ぶりのバカラのシャンデリアが下がってて、ロココの家具はあるけどテレビなんかなくて、クリストフルのナイフやスプーンを磨いて時を過ごす。今日はリュクサンブール公園の散歩の帰り、なじみの店に立ち寄った、ってとこね。
 よく食べるのよそれが。アントレはテリーヌ、白ワインをボトルで。メインに鯛、フロマージュ、デザート、カフェ。それからショコラにコニャック。昼食なのよ。しっかり食べるって高貴の条件よね。終わってから、葉巻を優雅に一本。ゆっくりゆっくり。それからお化粧なおしたと思ったら、こう姿勢を正してさあ、ぐうぐう寝はじめたの。10分くらいたって、目をさまして、店員たちと握手して帰ってった。真似できないわ。文化を肉体と時間で表現するライブよまるで。ブラボーよ。

◆ごぶさた。ふらりと遠出してみた。女房がサンダル代わりにしてるアルファロメオで。もちろん赤。コモ湖畔のカフェでニョッキ食ってんだ。助手席に無造作に置いてあったシャネルのサングラスとエルメスのスカーフは、ここでなら男でも許される小道具だろ。せめてそれぐらいしとかなきゃな。だって、ジャケットはアンティークのマドラスものだし、シャツはポロだし、チノパンなんか朝市で買ったたぶんモロッコ産だぜ。しかしバラバラだな。時計はじいさんにもらったオメガだし、ベルトはゴールドファイルだし、はだしにつっかけたのはタニノ・クリスチだし。それでハバナ吸って、ノキアのGSMでUSAのノートからメール飛ばしてんだもんな。万国旗だねまったく。
 こんなの日本人だから許されるのかな。許されないのか。ミラノなんかに長いこと住んで無国籍化しちまうと、たまに全身を国産モノで包みたくなる。羽織ハカマでフクスケの足袋に雪駄はいてな。セイコーの懐中しのばせて。両切りのピースだ。やおら日の丸コンピュータにPHSつなぐってか。うん。大道芸だな。
 しかしまあ、ミラノの若い連中はカッコいいね。男の子がね。イタリアの茶系のクツは日本のビジネス街でも見かけるようになったけど、カネかけてるだけで、まだ上っつらだ。安物でも、クツやシャツの色を髪や目の色とトータルにコーディネイトするって心意気にはかなわねえな。歴史の重みを痛感するね。

○このGWに美しい若者を見た。WBAジュニアバンタム、ヨックタイ・シスオーと飯田覚士の二人だ。ファイタータイプのタイの強豪チャンプとボクサータイプの日本人は12ラウンドをフルに闘ってドローとなったわけだが、そこで見たものは、ハングリー精神なんていう薄っぺらな興奮剤じゃない。持って生まれた本能、流れる血、祖先からの記憶、希望、そういったものを研ぎすました「存在」どうしのぶつかり合いなんだ。
 2月に川島がWBCジュニアバンタムの王座を失ってから日本人チャンプはいなくなった。川島も一級品だった。体のスピード、ミリ単位でパンチをかわす防御のキレ、カウンターのタイミング、通にはたまらん。世界に誇れたね。
 世界チャンプになったからって、それだけじゃ一流じゃない。10回防衛、3階級制覇、なんていう数字も意味がない。どんな試合したかが問題だ。美しいかどうかだ。そういう意味じゃ世界に通用する日本人チャンプっていうのは少ないよね。そうだな、ファイティング原田、柴田国明、そして西城正三、渡辺二郎ってとこか。
 ファイティング原田の戦績はさ、今でいえば5階級ぐらいには相当する。だけど、世界的に有名だってのは、黄金のバンタム、エデル・ジョフレに勝ったからだよ。柴田だって、フェザーとジュニアライトの2階級制覇っていう点より、メキシコの英雄ビセンテ・サルディバルを倒したものすごい試合が光ってるわけだ。
 例えばさ、たぶんね、なまじのチャンプより、ジェフ・チャンドラーやルペ・ピントールっていう一流チャンプと引き分けた村田英次郎の方が名声は上だろうし、ルーベン・オリバレスと死闘を演じた金沢和良の方がファンの心に残ってるよね。
 歴史に残る名ボクサーとなら、交えるってだけでも価値がある。アルゲリョやゴメスとやったロイヤル小林とか、デュランとやったガッツ石松とか、クエバスとやった辻本とか、アーロン・プライヤーとやった亀田昭雄とか。ハグラーやレナードとは日本人はやれなかったけど。
 竹原がミドル級とったってのは、やっぱ日本史に残る事件だよ。ジュニアミドルの輪島の仇うちした工藤政志がアユブ・カルレっていうめちゃ強いウガンダ人にやられて、カルレに勝ったレナードからあと、ジュニアミドルなんて星空みたいに遠い世界になっちゃった、そんな状態が十数年も続いて、もう生きてるうちに日本人がジュニアミドル取ることなんてないかな、タイからは軽量級でも頭小さくて腕が長くて速くて強くて笑顔が美しい、っていう完璧なボクサーが出てくるから、彼らに期待を賭けようかなって思ってたら、いきなりジュニアのない純正ミドルだからね。
 単純に元気が出るじゃないですか。生きてるうちに、日本人が100m走で世界記録だしたり、ビートルズなみのスター生んだり、そんなことが起きるかもしれない、って。
 でもね、タイガー・ウッズなんて出てくると、くやしいけどアメリカってすごいと思う。4月のマスターズのときに初めてじっくり見たんだけど、320ヤード飛ばすとか21歳だとか白人以外で初だとか親がアフリカ系とタイ人だとか、そんなもろもろの「意味」や「理屈」ってものは、あの人の前では空疎だ。あの人は、エロティシズムだ。人類最初の美しいゴルファーなんだ。「意味」はそのアクセサリーにすぎない。産業やモノだけじゃなくて、美なんてものもアメリカが生産するとしたら、やばいよ。まあ、美しいコンピュータや美しいネットワークを造ってくれるんなら、文句言う筋合いはないけど。 しかし、惜しいなあ。タイガー。いいボクサーになったはずなんだが。
 
●実はわたし本を捨てられないの。どうしてもだめなの。単行本でもだめなの。もう部屋にスペースがないんだけど。でも買っちゃうの。病気かしら。何でも知ってなきゃ気が済まない、情報を集めてないと怖い、って人もいるけど、そういうのとは違うの。ただ本が捨てられないだけなの。
 インターネットで取ってきた情報だと、すぐゴミ箱に捨てられるんだけど、紙の本はゴミ箱に入れようとするとどきどきしてだめ。きっと紙は神なんだわ。手紙なんかぜったい捨てられない。メールは見ないで捨てたりするのに。不思議ね。新聞も捨てられないからとってなくて、ウェブで済ましてる。
 情報集めるだけならインターネットの方が速いし便利よ。いろいろおもしろいのあるしね。墓もできたでしょ。サイバースペースに。アクセスしてお参りすんのね。バイブポケベル内臓パンティ売ります、とか。でもそれより誰か本の捨て方教えて。

◆ったく。消えちゃったよ。朝からずっと書いてたんだぜ。フリーズしちゃってよう。マメに保存してなかったから。まあ慣れてるけど。ハラが立つのはよう、バクダンがぺこぺこ出てよう、しょうがないからスイッチ切るじゃねえか。それでまたスイッチ入れたらよう、ぐもぐも言って、早く立ち上がれこのヤロー、そしたら、電源はちゃんと切れ、とかいうメッセージが出やがる。ふざけんな手前が勝手に凍ったんじゃねえか人の作品どっかになくしやがったくせにあやまりもしねえで手間かけて再起させてやった恩も知らねえで電源はちゃんと切れっていったい誰に向かって言ってんだっ。
 しょうがないから使ってんだよコンピュータなんてのは。コンピュータぐらいのもんだぜこんなに不便でハラ立つけど売れるってのは。アメリカ生まれだから許されてんだよきっと。完璧主義の日本の消費者がよく黙ってるぜ、クルマならちょっとでもキズがついたらガタガタいう日本人がコンピュータにはなんでそんなに甘いんだ。
 ま、そのうち安定すんのかな。テレビだって昔はよく映らなくなって、チューニングしたりバンバン叩いたりしたもんだ。オレが小さいころは毎日NHKで4時5分に受信相談とかいってテレビやラジオの使い方教えてたもんな。今でもよう、コンピュータ凍ったらバンバン叩くオヤジいるけど年がばれるってもんだ、コンピュータは冷たいぜテレビは叩いたらけっこう機嫌なおしたりしたもんな。
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