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わからん、それが問題だ 96.11-98.10 マックパワー(連載終了) |
第三話 私にとって便利だってことは、テロリストにとっても便利だってことだ。 97年1月号 |
パリにいたころは、人とメシ食ってばかりいた。重要な仕事だった。言葉の不自由な者が商談を持ちかけるにはメシの魅力を借りなければならぬ。 本場フランスめしは量が多い。昼メシに3時間ぐらいかけて、ワインもやるから夕方にはべろんべろんで、晩は別の客で、8時ごろから4時間ぐらいかけてフォアグラ状態になって、これは拷問や、口おさえても鼻や耳からウシの脳みそとかノドボトケとか芸人根性で詰め込んだそういうくにゅくにゅしたもんがシャンパンの泡といっしょに出てきそうや助けてくれー、ってな暮らしを5日も続けたらどうなると思う? 慣れてしまうんです。人間はアホや。 でも、それが文化だ。文化の基本はメシだ。フランス人がイタリア人や中国人を尊敬しているのは、連中は何でも食うからだ。カタツムリを食う人がサルの脳みそやヘビやラクダのコブやガや蚊の目玉まで食う人を尊敬しないわけがない。 日本人も同類だ。魚や貝やウニをナマで食うという高貴な文化は、食っても大丈夫という衛生を保つ文明も含め、フランスと日本のものだ。フランスのシェフは日本の料亭に調理法を学んでいる。 フランスの連中がアメリカやイギリスを冷視する理由はそこにある。どうもアングロサクソンはそこんとこがわかってないから話がかみ合わない。肉も魚も野菜も果物も吟味を重ね、ミルクやブドウの発酵のさせ方に命をかけるような人々にしてみれば、せっかくの肉をミンチにしてしまい、真っ黒に焼いてケチャップつけて、だらしないパンにはさんだようなもの食って、黒くて泡の出るジュースなんか飲む連中と一緒にされたら困るというわけだ。 するとアメリカ人は、アメリカには映画という文化があるという。フランス人はカチンとくる。フランス映画は表現の開発だ。ハリウッドは技法と産業の開発でしかない。文化って言うな!でも、映画を産業としてみれば、ケリはついた。文化のフランス人はガマンならない。文化だ! 日本の文化って何だろう。マンガ?アニメ?ゲーム?カラオケ?いずれもそうだ。 文化はオーディエンスが形成する。クリエイティビティも豊穣なオーディエンス層から発生する。人生を味覚にかける食い手がフランス料理の水準を高め、その中から生まれるシェフが次の料理を開発する。電車の中でむさぼり読む連中が日本のマンガ水準を高め、高次かつ大量のオーディエンスから生まれるクリエイターが表現を開拓する。 文化というのは民族的あるいは地理的なローカリティを持つもので、汎用性のあるものを文明と呼ぶ。ハリウッド映画に対応する日本文化はテレビやマンガであり、コンピュータ文明に対応するのは家電文明だ。 アメリカは、インターネットやコンピュータやハリウッドを戦略として世界に投げつけた。でもテレビのくに日本は、インターネットやコンピュータやマンガやゲームをまだ戦略レベルでとらえてはいない。あいまいなメディア戦略のコンセンサスをそろそろ明確にしなければ。 ではどうするか。 わからん。それが問題だ。わからん時はとりあえず先輩に耳を傾けてみよう。そこで友人を紹介する。元通信技師、パリ在住、66歳。 「いいか。ジャポネ。 インターネットは思想だ。マルチメディアは宗教だ。フランスの技術と官僚組織が作り上げた芸術作品、テレマティークの教典をアメリカの連中が商売にしやがった。 若いの。だから、Ethernet作ったメトカーフがインターネットは崩壊するって叫んでも、おたつくことはないんだよ。それは商売の話。いいか。連結したデジタル、って思想は死なないんだよ。 よく聞け。ネットスケープにしろ、JAVAにしろ、宗派なんだ。正教のTCP/IPだって、宗教革命が起こったら、取り替えられるんだ。邪教も現れるさ。弾圧もあるさ。実社会と同じ。そうやって、できあがっていくんだよ。 ただな、話を国家レベルに狭めるとだな、しばらくガタガタするぞ、これは。 インターネットはアメリカが育てた初めての宗教と言ってやってもいい。だからといって、英語でしゃべれっていうのは我慢ならない。私?英語ぐらいできるさ。不便かどうかって問題じゃない。アイデンティティーの問題だ。何語で考えるか。それはアイデンティティーそのものだとは思わんか? 聞けよ。MACだろうがCOMPAQだろうがSGIだろうが、別にかまわん。Bullにしろとか、Olivettiにしろなどと言うつもりはない。日本ではWindowsがフィーバーだったそうだが、それもまだ許す。だが、コンテンツはどうする。文化はどうするんだ。 見ろ。映画を。フランスもイタリアも、ハリウッドにやられちまった。文化をやられてるんだ。黙っちゃおれんだろうが。日本はどうなんだ。トラサン?何だそれは。 もう三年も前か。ガットの最終段階でもめたのはまさにその点でな。映画産業派のアメリカに映画文化派のフランスが開国するしないで激突したわけだ。いい商品を入れろっていう大義に、そんなことしたら民族が滅ぶっていう名分でケンカしたんだな。 結局、フランス側が押し切ったんだが。民族の文化とかアイデンティティーなんてこと、アメリカに正面から言うのは気合いが要るんだよ。騎士道だよ。ドイツだってイタリアだってそう言いたいところなんだが、まだ正面切って言える状況じゃないんだよ。 本質はな、映画の話じゃなかったんだ。インターネットなんだ。英語の次はビジュアルだろ?映像で考えたり、映像でしゃべったりするようになるわけだ。しかもそれは、人類共通の表現方法だ。となれば、ビジュアルの文体を誰がどう押さえるか。それが本当の問題なんだ。お互い、それをわかってるから、真剣なんだよ。 日本はどうなんだ。どう考えてるんだ。他のアジアの国は、顔がチラチラ見えるけど、日本の顔は見えないぞ。お前はどうだ。そういうことを友人と議論しないのか? アメリカにはパソコンがあるし、インターネットやCATVもある。ハリウッドというバックボーンもある。産・学・軍で立ち上げて、あとは競争と国際進出だ。単純だ。 フランスにはどれもないが、ミニテルがある。世界に先駆けて市民レベルに浸透したインタラクティブ画像メディアだ。端末やネットワークの出来より、コンテント・プロバイダーが熾烈な競争をしてるっていうのが国民資産なんだ。これを核にした美しいビジュアル・メディアを行き渡らせる。万人に。 ひょっとしたら失敗するかもしれん。でもフランステレコムは国営でな、CATVも放送の電波も持ってるから、うまく行かなけりゃ別の方向にまるごと転換させりゃいい。そういう状況を文化という名目で防衛する。国家がバックボーンなんだな。 攻撃もある。テレビのコンテントを全部、国がアーカイブに保存して、そこでデジタル技法も開発して、インターネットに流していこうと考えてる。けっこう単純だろ。 日本はどうなんだ。あくまでアメリカを見習おうっていうのか?ステキな面しか見てないんじゃないか?犯罪と麻薬と人種問題と民事訴訟の国がそんなにいいのか? 日本人は、テレビのアニメや映画を見る限り、最高の映像表現能力を持ってると思うんだが。ゲームだってそうだろ?あれはお前たちだからできたんじゃないのか?浮世絵だってそうだろ?自分の能力をどう評価してるんだ? 家電だって今や日本の思想じゃないのか?そういうのをコンピュータに活かそうと思ってるのか?そういうのを捨てて、論理のコンピュータだとか、技法の映画だとか、アメリカが得意な領域で勝負し直そうと思ってるのか? 国って話になると、どうも日本はトータルで姿がつかめなくなる。たとえばオリンピックにしてもだ。国家の総合力をプレゼンする場って、もう他にないだろ?だからロシアもドイツも中国もイタリアも、伝統と威信をかけて乗り込んで来るんだよ。メダル取りに。アトランタで日本とイギリスが極端にメダル少なかった意味を考えてるか? まあ数はどうでもよかろう。柔道を日本が独占したってかまわん。野球もくれてやる。だけどな、ヨーロッパのお家芸になると、笑ってられなくなる。馬術、自転車、フェンシング。射撃で中国人が金とったり、ヨットで香港の女性が勝ったりするとな、危機だ、って思うわけよ。とつぜん、国とか民族とかいう意識がわきたつんだな。 昔、馬術で勝ったバロン西や、ラピッドファイヤの蒲地、それにオギワラっていうのは日本じゃ英雄じゃないのか?今回だって、ヨットで銀とった女性は英雄なんだろ? ヨーロッパもアメリカも、人種の混成部隊がな、国旗をかけて戦うわけだ。サッカーだって、普段は外国チームに入ってても、オリンピックとかワールドカップとかになると、母国の旗を背負うんだ。スポーツで平和っていう理念は否定しないが、国家ってのはオリンピックだって使って存在を誇示する。ボーダレスになればなるほど、そうすると思うね。 インターネットは国の壁を乗り越えるなんてきれいごと言うがな、国家ってのは、そうヤワじゃない。経済にしろ、軍事にしろ、不安定要素がある限り、国家は残る。 国家とネットワークとのせめぎあいはもう相当な段階まで来ている。インターネットはアメリカが国費で広げたものだが、今度は法律でポルノ取り締まろうってんだろ。ドイツもネオナチに神経過敏だし、フランスも当局が情報狩りをやりはじめた。日本でも警察が動いてるだろ?シンガポールや中国なんか、露骨じゃないか。 ポルノなんてかわいい話だよ。いかがわしさと社会秩序のバランスを取ることにかけちゃ、フランスは経験が豊富だ。どうなったって、どうってことない。幼児誘拐なんかになると別だがな。さらにそれが暗号方式なんかになると、軍事機密の根幹に触れる。国家は本気で介入するはずだ。 いや、金融の方が重大かもしれない。カリブ海のタックスヘイブンにバーチャル銀行ができて、イギリスの中央銀行が警告してるよな。産業はグローバルだ。民族もボーダレスに行き交っている。軍事の地位は下がった。すると、国家には通貨という顔しか残らないかもしれない。暗号が通貨を握るとすれば、技術のよしあしだけではコトは運ばないぞ。 インターネットは、つなげることが信条だ。だが、それで世界が融和すると思うか?それは自由の幻想ってやつだ。私にとって便利だってことは、独裁者にとっても、テロリストにとっても便利ってことだ。そうだろ?(ネットワークで経済も生活も国家から独立するっていうよな。それはな、自由な空間だと思うかもしれないけどな、国家から逃れたい人が一番喜ぶ世界でもあるわけ。麻薬とか暴力といった暗黒の連中がまっ先に集う場所なんだよ。) 産業の対抗が激しくなるのは当然だ。民族だとか、世代だとか、そういったものの対立も際だたせる。つなぐっていう思想を民衆に流布したとたん、楽観主義は死んだはずだ。違うか?」 |