◆インターネット配信
1 音楽配信のしくみ
◆音楽配信とは
インターネットで曲をパソコンに取り込む、いわゆるインターネット音楽配信が音楽の世界を刷新しようとしています。CDをネットで注文して宅配してもらうオンライン・ショッピングの一歩先を進み、ネット配信は曲のデータそのものをネットに流してもらうものです。
90年代後半からのネットブームは、仕事や暮らしに革命をもたらすと言われていますが、その最前線にあるのが音楽です。音楽はデジタルとの相性がいいからです。
手元に取り込んだ曲は、そのパソコンをCDコンポのようにして聴いたり、携帯ヘッドホン端末に転送して持ち歩いたりします。薄くて小さいガムのようなメモリーにCD1枚分のデータが収まります。
◆mp3と配信ビジネス
このようなことが可能になったのは、パソコンやインターネットが普及してきたことに加え、音楽データの圧縮技術が進歩したためです。不要なデータを間引きして軽くすることで、ネットで送ったりパソコンに貯めたりしやすくして、聴くときに解凍する、という技術です。
その代表的な方式がmp3です。音質はCDやMDに若干劣るものの、元データを1/10に圧縮するというものです。97年ごろから実用化され、これを契機に音楽配信が普及してきました。何万曲というポップスがネットで無料で手に入るようになったのです。
ただ、その中には、市販のCDのデータを無断でネット配信するものも多く含まれていました。いわゆる違法コピーです。99年には、個人のパソコンにあるデータを簡単に交換できるNapsterというソフトが登場し、特にアメリカでネット配信が爆発的に広がることになります。同時に、音楽業界の反発も呼び起こしました。
これに対し、レコード業界もビジネスとして乗り出してきています。99年末、ソニー・ミュージック・エンタテイメントが1曲350円で配信サービスを開始したのを皮切りに、レコード会社が続々と有料サービスを始めています。
◆ネット配信システム
サーバやパソコンに蓄積された曲データを自分のパソコンにネット経由でコピーする方法をダウンロードといいます。取り込んでから再生したり携帯端末に転送したりするわけです。一方、テレビやラジオで音楽を聴くように、手元のパソコンにコピーせずネット経由で聴くだけの方法もあります。ストリーミングといいます。
インターネットは、電話線でつなぐダイヤルアップ方式が一般的ですが、遅いのが難点です。1曲ダウンロードするのに20分ていどかかります。料金もかさみます。CATV(有線テレビ)やADSL(電話線を高速デジタル化する技術)による高速回線なら、これが数十秒に縮まり、料金も月々いくらの定額制が普通ですから、ようやく実用的な環境となります。
アメリカでは、従来から電話料金が定額制であったこと、CATVが整備されていたこと等から、インターネットの普及が早く、音楽配信も盛んだったのですが、日本も徐々に環境が整いつつある段階で、本格化はこれからと言えます。
また、インターネットでの配信とは仕組みが異なりますが、衛星によるデジタル放送を使った音楽配信も期待されています。今後デジタル化される予定の地上波の放送も、配信チャンネルとして有力視されます。いずれも高速でデータを送ることができるからです。この場合、受信機はパソコンのほか、デジタルテレビ用受信機(セットトップボックス)、ネット対応ゲーム機など、多様なものが考えられます。
◆ケータイとキオスク
しかし、本命視されているシステムは携帯電話です。ケータイがパソコン代わりにダウンロードやストリーミングをこなし、オーディオ端末代わりに曲を再生するわけです。NTT
Docomoのiモードに代表されるケータイでのインターネット利用は、日本が世界をリードしている状況にあります。日本の音楽配信は、座ってパソコンというアメリカ型とは別の姿に進化する可能性もあるわけです。
今のところ携帯電話では、電話を着信したときに鳴るメロディー「着メロ」をセットすることがせいぜいです。しかし現在、PHSでの本格的な音楽配信の実験が進められているほか、2001年に登場する次世代携帯電話ITM-2000になると、高速インターネットが使えるようになります。近いうちにケータイ配信が離陸することが期待されます。
自宅のパソコンや個人のケータイに届けるのとは別の配信システムもあります。キオスク型と呼ばれるものです。ネットでつながった自動販売機と言えばいいでしょうか。CDショップやコンビニに置かれた業務用の専用端末で曲を買ってMDにコピーするシステムです。店頭の端末には光ファイバーや衛星でデータが高速で送られます。
どこにでも自動販売機があって、どこでもコンビニが24時間あいているというのは、実は日本特有の光景です。それを活かしたネットの店頭展開というのは、ケータイ配信と並ぶ日本的なシステムとして、J-POPを支えることになるでしょう。2 音楽配信のインパクト
◆聴き手が変わる
デジタルの曲データを収めるフラッシュメモリーは、すぐに失くしてしまいそうなほど小さい。プレーヤーもスマートで、デザインもさまざまです。でも電池は長持ちで、振動にも強い。カセットテープやCDやMDよりも持ち歩きに便利です。アクティブな音楽ライフが、音楽との距離感を縮めるでしょう。
近くにお店がなくても、いつでもどこでも、好きな曲を選ぶことができます。売り切れを気にすることもありません。ポップスだけでなく、クラシックでも実験音楽でも、めったに売っていない作品もネットなら簡単に入手できるでしょう。Napsterのように、どこのコンピュータにどんな曲があるかを探して示し、データを引き出してくるソフトを使えば、世界中のコンピュータがCDショップやCD倉庫になるわけです。
パソコンに取り込んだ曲を自分なりに編成して、マイ・ベストCDを作ることもできます。もちろんアーティストの曲を無断で編成し直して売ったりすることは御法度ですが、デジタル技術によって、音楽をあやつる自由度は格段に広がります。
◆ビジネスが変わる
音楽産業にとってもビジネスモデルを広げるチャンスです。ネットなら、CDに要した製造・物流コストや在庫コストが格段に下がります。値段も自由につけていけるようになるでしょう。1曲ずつバラ売りしたり、100曲まとめて売ったりすることもできます。新譜CDを視聴させるプロモーションに活かすこともできます。映像配信でのライブ中継も一般化するでしょう。
これは、音楽の作り手と受け手を直結させることでもあります。その中間に位置している小売店やプロダクションなどは、魅力的なサービスを提供していかないと、機能を失いかねません。ネットの強みをビジネスにどう活かすかは企業の取組しだいです。
ネット時代の到来を見越して、レコード会社の再編が進んでいます。アメリカのメジャー企業が集約に動いているほか、日本もこれに合わせて提携や合併の話が進められています。一方で多様なベンチャー企業が立ち上がり、中小のレコード会社やレーベルが誕生しています。そして、音楽配信には通信会社やメーカーが参入してきています。
デジタルは、業界の集約と多様化を同時にもたらし、異業種との融合も促進します。ネット配信を契機として、音楽業界は、エンタテイメント産業全体との連携が急速に進み、通信や機器などIT産業全体との結びつきも強まっているところです。
◆アーティストが変わる
ネット配信は、音楽の作り手に対し、消費者や業界以上に大きなインパクトを与えそうです。80年代以降、コンピュータやデジタル楽器によって、作曲や演奏が簡単にできるようになりました。技能や訓練という、かつてプロとアマを隔てていたカベを低いものにしています。
そして90年代後半、その作品を発表したり流通させたりする環境がネットによって一気に広がったのです。業界ルートを通さなくても、アーティストは自分のホームページに曲データを置くだけで、世界のオーディエンスに直接その作品を届けることができます。自前の放送局を簡単に創れるというわけです。
むろん、本格的な表現活動をする場合には、プロモーションや著作権管理などビジネス面の作業が必要になってきます。しかし、従来に比べ、表現や発表の機会が無限に広がることは確かです。
ネットを使って発表し、ネットでオーディションを受け、ネットで曲を販売し、ネット上でライブのコンサートを開く。すべてがバーチャル空間で完結する音楽活動だって想定できるわけです。
◆音楽が変わる
インターネットは音楽そのものを変化させる力を持っています。音楽配信は、既にできた作品を伝送するものですが、さらにネットは、音楽を作ったり、演奏したりする場に進化していくと考えられます。道路から広場へと進むのです。
デジタル機器は音楽の表現の幅を広げました。ネットはそれらをつなぎます。データを交換し合って共同で曲を作るとか、ネット上に集い一緒に演奏するとか、そんな新しい活動の可能性が広がります。
情報やアイディアを共有しながら創造していく。これがネットの本質的なパワーです。その作用は技術の進歩とともに、音楽だけでなく、映像、ゲームなど、すべての表現の領域に広がっていきます。世界中の文化が交流し、まだ想像もされていないような新しい表現が創り出されていくでしょう。3 音楽配信の課題
◆通信速度・料金
スルスルとデータが送れるように、通信速度を向上させることが強く求められます。電話線によるダイヤルアップからCATVやADSLへの高速化が期待されるとともに、それと同様の速度を実現する次世代携帯電話の実用化が待たれています。
さらに、CATVなどの高速インターネットのさらに100倍の速度(100Mbps)を可能にする光ファイバーの整備が進みつつあります。これが実用化すれば、CD一枚でも数秒で送れることになり、音楽を伝送する点ではストレスがなくなるでしょう。
問題は通信料金です。定額で常時接続できる環境が少しずつ整備されているとはいえ、まだ定額・高速サービスを利用できる地域が限定され、料金の水準も低いとは言えません。音楽配信に関する最大の課題は、ネットの利用環境を整えることと言えるでしょう。
◆コンピュータ技術
圧縮技術には、mp3のほか、ATRAC3、TwinVQ、WMA、AACなどがあります。メモリーも、スマートメディア、メモリースティック、マルチメディアカード、SDメモリーカードなどがあります。これからも新種が登場してくるでしょう。
しかしこれらは互換性に乏しく、しかもメモリーはまだ高い(情報量あたりのコストを比較すると、MDの100倍、CD-Rの1000倍以上)のが難点です。規格が集約されてコストダウンが図られることや、各種機器を無線でつなぐBluetoothの実用化によって使い勝手のよい環境がもたらされことなどが期待されています。
◆ビジネスモデル
配信ビジネスの課題として、ビジネスモデルを確立することがあげられます。通常の商用サイトでは、広告を集めるビジネスが一般的ですが、これには限界もあり、今後は個々のユーザからどのように料金を集めるのかが正否のカギを握ります。
現在のところ、商用音楽サイトでは、1曲あたり100円〜350円の料金を設定し、クレジットカードやプリペイドカードで課金するのが通例です。通信事業者が料金を請求する際に上乗せして徴収する方法も有望です。また、1曲ごとに料金を定めるのではなく、月々いくらの会費で無制限利用とする方式も出てきました。
どういう方式がビジネスとして成功するかは不透明で、各社さまざまなモデルを試行錯誤している状況だと言えるでしょう。
◆著作権
無断でCDのデータをネットで流れるようにする行為が蔓延したため、全米レコード協会(RIAA)は、MP3.comやNapsterを相手どり、著作権を侵害しているとの訴訟を起こしています。アメリカの司法当局も、RIAAや著作権者側に立った判断をしてきており、2001年2月12日にはサンフランシスコの米連邦高裁がナップスターに対して、著作権侵害に加担しているとして同社のサービスを事実上停止できる判決を下しました。
日本でも98年に著作権法が改正され、ネット配信についての権利が明確になりました。日本音楽著作権協会(JASRAC)は配信関連業界との使用料交渉を進めており、制度的な仕組みも強化されています。しかし、JASRACが著作権管理業務を独占していることに対する批判もあり、業務の自由化を通じて多様なアーティストの意志が柔軟に反映できる仕組みを作ることが強く求められているところです。
技術面の問題もあります。レコード会社などにしてみれば、mp3には著作権を保護する技術的な機能がないために問題が発生します。そこで、暗号化などの技術を使ってコピーを制限する方法などが模索され、例えばSDMIというRIAA主導の団体は、98年から携帯プレーヤーの規格標準化に取り組んでいます。
◆Napster/Gnutellaの衝撃
NapsterやGnutellaなど、個人のパソコンにある情報を簡単に交換できる技術が普及しはじめたことは、著作権問題にとどまらない大きな問いをなげかけています。アイディアやデータを共有しながら、作品を楽しんだり表現したりしていく、ということが容易になるからです。
音楽にしろ映像にしろ、ビジネスは創作物を著作権というワクで囲い込む手法だったのですが、今後、オープンでコピー自由な作品や活動が増えていくでしょう。コンピュータ・ソフトの分野では、著作権で守られた高額商品が販売されている一方、世界中の技術者が知恵を出し合ってプログラムを作り上げていき、誰でも無料で使えるようにするという文化もまた成立しています。そのような潮流が、表現作品の世界にも及んでくるのではないかということです。
NapsterやGnutellaのようなソフトは、違法コピーを助長するということで、訴訟問題にも発展しているのですが、同様の技術はまだこれからも登場してくるでしょう。権利保護のための取締りにも限界があります。著作権制度そのものが崩壊すると予測する学者もいます。デジタル技術やネット社会は今後も急速に進化していきます。音楽をめぐる環境も大きく変わっていく可能性があるのです。
●コラム:わたしのおすすめの一曲
「Insect Collector」少年ナイフ
もう15年以上も前、大阪のスタジオ。冬だった。メンバーと一緒に、ベースラインや歌詞をチョコチョコ直しながら気楽に作った。それからボクはロックを断念して官僚になった。数年たって少年ナイフは欧米でブレイクした。それから10年ほどたって官僚を辞めて渡米する前、著作権問題を一緒に考えていた坂本龍一さんがこの曲をリミックスしてくれた。喜びやら挫折やらが詰まっている。いまでも聴くと、パンクに生きようと再認識する。
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